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あのロゼッタストーンが発見された町
地中海沿岸、ナイル川沿いにある小さな町。プトレマイオス朝が衰退し、オスマントルコ朝が栄えた16世紀ごろには、アレキサンドリアに代わり大いに栄え、19世紀まではエジプト・トルコ間をつなぐ重要拠点だった。当時建てられた商家やモスクが今も残っており、オスマントルコの特徴を見いだすことができる。エル・ファタリー、アラブ・キリー、エル・アマシアリーは特に有名。ロゼッタ博物館は18世紀当時の知事の家を博物館に改造したもの。1799年、この町の北約3キロメートルのところにあるカイト・ベイの要塞からロゼッタストーンが発見され、これにより初めて古代エジプトのヒエログリフが読めることになった。
4つのキリスト教修道院が残る砂漠の中の町
カイロから砂漠道路経由でアレキサンドリアへ向かう途中にあるワディ・ナトルーン。ワディは「涸れ谷」、ナトルーンは「天然炭酸ソーダ」を意味し、古代からその名の通り天然炭酸ソーダが採掘された。ここにキリスト教が伝えられたのは4世紀ごろ。修道院もそのころから建てられ始め、10世紀初頭には50を数えた。現在は聖マカリウス修道院、バラモース修道院(ローマ修道院)、シリア修道院、聖ピショイ修道院の4つが残るのみとなっている。修行の場であって観光地ではないので、見学の際には注意が必要。歴代のエジプトのコプト教皇はこの地の修道士から選ばれ、今なお重要な地位を占めている。